業平火
「ゆうべも、業平卿の人魂(ひとだま)が出たそうな」
月明かりもない闇夜、在原業平の墓にそびえるクスノキに、ボウッと青白い火の玉が現れ、輪を描きながら、北方の集落・南茶屋の池に向かって飛んで行く。
そこで一瞬消えたかと思うと、また現れ、池の面から飛び立ち、輪を描きながらもとの墓に戻り、消え去るという。
京都市西京区大原野上羽町に伝わる、この”業平火”には、一つの悲恋物語が語り継がれている。
カテゴリー: 西京区の名所と逸話
「ゆうべも、業平卿の人魂(ひとだま)が出たそうな」
月明かりもない闇夜、在原業平の墓にそびえるクスノキに、ボウッと青白い火の玉が現れ、輪を描きながら、北方の集落・南茶屋の池に向かって飛んで行く。
そこで一瞬消えたかと思うと、また現れ、池の面から飛び立ち、輪を描きながらもとの墓に戻り、消え去るという。
京都市西京区大原野上羽町に伝わる、この”業平火”には、一つの悲恋物語が語り継がれている。
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「しおがま」は塩を作るための釜。
ご存じの通り、海の水を煮詰めますと「塩」が出来て参ります。
出来た塩は、海水のミネラルを含んだ塩ですので、この塩を料理に使えば海のミネラルが隠し味としてはたらき、複雑なうまみをかもし出すことができます。
そして、出来た塩は、梅干しを漬けるのに使用したりするわけですが、話がそれました。
今回は、そのお勧めのお寺「十輪寺」さんにまつわる、在原業平さんのお話しです。
京都の大原野十輪寺に在原業平が腰をすえたのは、五十歳を過ぎたころ。
平安時代のお話しです。
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いつの世にも、許されない人間関係というものはある。
その”禁断の実”をかじったものは、許されないがゆえに、悲劇の運命をたどることになる。
それが、後世の人の憐れみを誘い、心を引きつける。
小塩山の中腹にある、天台宗の金蔵寺、その不動堂のわき、木陰にひっそりとたたずむ「梅若丸」と僧「桂海」の墓。
この墓にも、そんな悲しい物語が伝わっています。
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江戸末期。大原野の石見(いわみ)と上里(かみざと)の間で、”水争い”が絶えなかった。
凶作つづきのため、田に引く水は、まさに命の水。
けんかは、日を追って殺気をはらんで行く。
そんなある日。
用水路を挟んで、村人が二手に分かれ、血相を変えてののしりあっていた。
「この水は、わしらの村のもんじゃ」
「なにをいう。わしらのものにきまっている」
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寺院や古刹が散在する古の京都大原野。
遠いむかし、日本の歴史が、まだ霧に包まれていた時代のこと。
「愛する妻よ、なぜ先に死んでしまったのか。この私は、これから一体、なにを頼りに生きていけばよいのか」
垂仁天皇のほおに、悲しみの涙がとめどなく流れた。
最愛の皇后・日葉酢媛(ひはすひめ)に先立たれ、悲しみのどん底につき落とされた天皇は、幾日も部屋に閉じこもり、運命の皮肉を恨んだ。が嘆いてばかりいても仕方がない。
石作には、全国から石棺づくりの腕に覚えのある人たちが集められ、当時、石灰の産出地として知られた京都市西京区大原野の小塩山を背にした東方に広がる段丘地帯で”石棺競争”が開かれたのだ。
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京都 洛西観音霊場第八番 観音寺に並ぶ、子守勝手神社。
祭神は子守勝手大神、由緒は不詳で、その創建も明らかではありません。
(伝承によると奈良県の吉野水分神社の系統といわれています。)
粟生村の産土神で、十人衆と呼ばれる粟生の長老によって祭祀が行われております。
水分神(みくまりのかみ)は、水配り、即ち農業用水を司る神とされ、子守勝手神社は、おそらく子守社と、勝手社の二つの性格を持った社が一つになったといわれています。
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武門の誉れ高い宇都宮城主から一介の修行僧へ、宇都宮頼綱があざやかな転身を遂げてから早や三十有余年になる。
蓮生、つまり、頼綱はすでに七十歳を数えていた。
髪も白一色に変わった。
ひたいに刻まれる曲線は、波乱の人生の余韻をなお残している。
ようやく悟りの境地に到達したというべきか。が、自身は、
「これでよいのだろうか、修行はまだまだではないか」
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海抜六百三十メートル、樹齢三百年以上の大木がうっそうと繁る。
昼なお暗い西山連峰の一角、釈迦が岳山中に、古刹善峰寺の甍(いらか)が見える。
五月から十月までの第二日曜には、全国各地から信者、観光客らが千人近く訪れ、境内を賑わす善峰寺。
そのお目当ては、神経のやまいに、”霊験あらたか”という薬湯である。
今から一世紀前の初め、寺の住職・西光順師は夢まくらにお釈迦様が立つのをみた。
お釈迦様は、善峰寺西方二キロの山中にまつる石の座像(高さ1.3メートル)である。
「悩める民を救うため汝の手で、山奥より下山する」という。
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古来から、桜花は日本人の象徴とされている節がある。
盛衰のあざやかなコントラストが人の世のあわれにも通じるのだろうか。
その盛りは、けんらんと輝き、人の目を奪う。
そして散りぎわはまたいさぎよく未練を残さない。
櫻花を愛した文人は数知れない。
放浪詩人、西行法師(1118〜1190)もその一人だろう。
西行は、鳥羽上皇に仕えた武士だった。
俗名は佐藤兵衛義清。
宮中護衛が任務だったが、俗世間のいさかい、身内の不幸などを目の当たりに見て、無情を深く感じたという。
二十三歳の若さで出家を決意し「お父さん、行かないで」と袖にすがる四歳の女の子、妻を振り切って都を離れた。
その足で訪れたのが、勝持寺(通称・花の寺)である。
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初詣でご紹介しました大原野神社。抜け道を通ると勝持寺に抜けることが出来ることは以前ご紹介しました。
今回は、毒蛇退治と役行者の伝説と、花の寺のご紹介です。
そのころ、この辺りでは、里人が寄れば、毒蛇のうわさでもちきりだった。
「山から姿をみせると、女、子どもをさらっていく」「田畑を荒らし、とりいれたばかりの米もやられた」 恐ろしさに、ほおは引きつり、口さえゆがむ。毒蛇は、農民の平和な暮らしをおびやかす魔物であった。
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癒しの環境と京都の寺社仏閣や古刹、そして古の名所や旧跡が点在する大原野。
このヒーリングスポット大原野には様々な伝説がある。
<いまは昔、竹取の翁(おきな)というもの有りけり……>
平安時代の説話「竹取物語」(たけとり物語)。
月からの使者”かぐや姫”をめぐる、美しくも悲しいロマンは、あまりにも有名だが、実は、この物語の舞台は京都市西京区大原野の竹林だった。
と、いう節がある。
今日は、その晴天の、京都府西京区大原野に向かってみた。
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肩こりからくる頭痛などに効果てきめん。という噂もある場所。
とてもリラックスできるスポットのご紹介です。
そこは、亀岡市篠町と京都市西京区大枝の境界線付近の山中。「首塚大明神」としるした小祠。(京都市内から写真の老ノ坂トンネル手前を左折)
鬼退治の伝説に基づいて建てられた酒呑童子の首塚である。
樹齢何百年という杉、松がうっそうと茂り、昼間でもうす暗い。
山あいを流れる清水の音がかすかに静寂を破る。そしてこの場所では幽鬼がただよい、伝説を語るのに、ふさわしい世界をつくり続けている。
むかし丹波の大江山
鬼ども多くこもりいて
都へ出ては人を食い
金や宝を盗み行く
今は懐かしい唱和。
子どもたちの空想の世界で、鬼どもはおどり、はね、恐ろしい地獄絵図を描く。
そこへあらわれるのが、正義の味方”月光仮面”ならぬ源頼光。
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厄除の神社、方除の神社、そして良縁に恵まれる神社として有名な大原野神社。
初詣に花の寺で有名な、勝持寺のとなり、大原野神社にお詣りしました。
こちらの神社は、延歴3年(784)、桓武天皇が都を奈良から長岡京に遷都した際に、皇后の藤原乙牟漏が藤原氏の氏神様である「奈良 春日大社」の分霊を大原野に移し祀っています。
神社では、狛犬が社殿の前でお迎えというのが多いが、大原野神社は春日大社のように、狛犬ではなく、鹿のお迎えをいただけます。
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