2005年12月05日

乙訓八景

乙訓八景とは、乙訓地域の観光振興を広くPRすることを目的に、昭和61年乙訓商工連絡会議所が、一般公募により選定したものです。選定されたものは、乙訓地域だけでなく、京都を代表する歴史的遺産です。

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2005年03月06日

竹の小径

 観光スポットとして隠れた存在の「竹の小径」。
 京都の南端から吉祥院、久世を抜けると乙訓の里に入る。
 山城盆地の一角で、縄文の昔からひらけたといい、弥生期の水田、古墳期の古墳群など遺跡、遺構は豊富。とはいっても、集落が散在していた地域は限られ、田畑を除くと雑木がおおう丘陵が南北に大きく横たわる。
 そのわきを、老ノ坂峠付近を源流とする乙訓川が静かに流れていた。

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2005年01月23日

乙訓という地名と悲劇の姫君について

 京都の謎には、数々あるが地名の成り立ちの一つに地名の起こりがある。

 京都、乙訓、今回はこの”乙訓(おとくに)”についての一説である。

 ときは、日本の歴史が、まだヤミのとばりのなかにあるむかし。
 昔の話しである。

 丹波の国に、四道将軍の一人・丹波美知能宇斯王(たにはみちのうしのみこ)が住んでいた。
 彼には、比婆須比売命(ひばすひめのみこと)、弟比売命(おとひめのみこと)、歌凝比売命(うたごりひめのみこと)、円野比売命(まどのひめのみこと)という年頃の四人の姫君がいた。

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